模型大隊戦闘日誌、始まるよ!
前回は筆者が組みかけで長年放置していた、旧塗装のハインケルHe111Pが完成しました。
今回は……。
予告通り、筆者が先月仕入れてきたタミヤの新作戦車を作っていこう。
今回は箱の中身を確認する。
一緒に購入した爆撃機のほうは……。
後回しですな。
何やら予想外のことが発生したらしく。
今回のお題 タミヤ I号戦車B型
今回作るのはこちら。
タミヤMMシリーズより、I号戦車B型だ。
この戦車をここで組むのは初めてかな?
ここで組むのは初めてですな。
開設以前に他社製品はいくつか購入、完成したり放置したりしていますが。
ドイツ軍戦車やそれらの派生車車輌を多数発売しているタミヤだけど、今までI号戦車は存在しなかった。
これでようやくタミヤ製品でI号~VI号(ティーガー)までが揃うわけだ。
I号戦車とは?
この戦車は第二次世界大戦の直前である1930年代前半に開発された、ドイツ軍の軽戦車だ。
武装がマシンガンのみで重量は5t級と軽いので豆戦車に分類する資料もあるけど、ここでは軽戦車で統一する。
I号ってことは、一番最初の戦車ってことかな?
第一次世界大戦で敗北したドイツはヴェルサイユ条約により、厳しい軍備制限を課せられる。
その中には戦車の製造・保有も含まれていた。
この辺りは飛行機もそうだったね。
Do17やHe111みたいに、民間機という名目で爆撃機の開発を進めていたり。
戦車に関してもトラクターという名目で開発が進められていた。
重トラクター(グローストラクトーア)、軽トラクター(ライヒトトラクトーア)といった車輌が1920年代に試作される。
残念ながら、正式採用はされず試作段階で終了してしまうけどね。
空だけでなく、陸でもコソコソと……。
当時友好関係にあったソ連で開発が進んでいたようですな。
ソ連側が場所を提供する代わりに、ドイツ側が試験結果の技術提供をすることになっていたとか。
この辺りは「ラッパロ条約」でググっていただければ……。
研究が進み1930年代に入ると、陸軍の偉い人達(オズヴァルト・ルッツ、ハインツ・グデーリアン)が将来の部隊編成の構想をまとめ始める。
その結果15t級の主力戦車や、それを支援する20t級の戦車が必要だと結論が出た。
ただ今でこそ戦車大国なイメージのドイツだけど、条約に縛られた当時の同国にそんな開発能力は存在しなかったんだ。
15t級の主力戦車と20t級の支援戦車……。
これは後のIII号戦車とIV号戦車だね。
特にIII号戦車の開発にはかなり苦労していますからね。
あまりにもうまくいかなかったため、つなぎ役としてII号戦車が登場したという。
なのでとりあえず本命の戦車達の開発前に、兵士の訓練やメーカーの技術育成も兼ねた5t級軽戦車の開発が決定される。
前述の軽トラクターから派生した小型トラクター(クライネトラクトーア)なるものをクルップ社が開発していたんだけど……
この小型トラクターに改良を重ねたものが完成し、農業用トラクター(略称LaS)という秘匿名で生産が始まる。
1933年頃の当初は操縦訓練用の車体のみのものだったけど、翌年の1934年には砲塔を搭載した完全な戦車型が登場。
更に翌年の1935年には総統閣下による再軍備宣言。
再軍備宣言後は秘匿名を捨てI号戦車と名乗るようになった。
明確な時期は宣言直後だったり1938年頃からだったりと、筆者が見かけた資料には諸説あるみたいだけど。
ここでようやくI号戦車の名称が出てくるんだね。
それにしてもなんか聞きなれない車輌名がたくさん……。
- 重トラクター→試作戦車その1
- 軽トラクター→試作戦車その2
- 小型トラクター→軽トラクター案から派生した試作戦車
- 農業用トラクター(LaS)→小型トラクターを改良した生産型。上記の車輌ら同様、戦車であることを秘匿するためにこのような名前を名乗っていた。最初の生産ロットのものは砲塔などがない操縦訓練専用で、後に砲塔を装備した完全な戦車型が登場する
- I号戦車→再軍備宣言後に名称を変更した戦車型LaS達のこと
といった形でしょうか。
LaS(I号戦車)内でも更に
- 1A LaS Krupp(クルップ型1A農業用トラクター)→後のI号戦車A型
- 1B LaS May(マイバッハ型1B農業用トラクター)→後のI号戦車B型
みたいな呼称があったとか。
他にも「機関銃戦車」みたいな呼称もあったようですな。
正直なところ、この辺り筆者も理解しているかどうか不明です。
I号戦車に限らず、開発当初と後の名前が異なる車輌がいくつかあるからね。
今回作るのはI号戦車のB型。
最初の型であるI号戦車A型(秘匿名1A LaS Krupp)はエンジン出力の不足が問題視された。
そのため改良型の開発が命じされ、1936年頃から生産開始。
この改良型こそが、今回作るI号戦車B型(秘匿名1B LaS May)だ。
出力不足だったクルップ社製の57馬力空冷エンジンを、マイバッハ社製の100馬力水冷エンジンに変更。
エンジンを換えたことにより車体が延長され、転輪は片側5つに。
誘導輪も地面から浮いた状態になっている。
A型では転輪が片側4つで誘導輪は地面に接した状態だったので、見た目の区別はそこでできる。
A型、そのうちこっちもタミヤで発売されるのかな?
I号戦車は当時のプロパガンダ映像などで大量に登場、行進している様子が映るなどして新生ドイツ軍の力を誇示するのに大いに貢献した。
しかし実際はマシンガン2丁の武装と最大13mmほどの装甲厚。
とても対戦車戦に耐えうるものではなかった。
装甲に関しては、初期のIII号戦車も大して変わらなかったりするけど。
航空機などと同様、スペイン内戦に送り込まれた個体がT-26などソ連戦車と交戦したようですが……
マシンガン2丁ではどうにもならなかったようですな。
あまりにも力不足なため、中にはイタリアのブレダ社製20mm機関砲を取り付けた改造車も存在したのだとか。
完全に力不足なものの、主力となる戦車達の開発・生産が追いつかず。
1939年9月の第二次世界大戦開戦時点でも、ドイツ軍の装備する戦車の約半数がI号戦車だった。
グデーリアンも
「まさかこんな訓練用車輌で大戦に突入するとは思ってもいなかった」
みたいなことを語っていたとか。
勿論戦争が進むにつれて後方に下げられたり、自走砲などに改造されていったけどね。
自走砲として有効活用する方式は、すでにこの辺りで定着したわけですな。
新生ドイツ軍最初の量産型戦車であるI号戦車のB型。
ようやく登場したタミヤ製の同車を作ってみよう。
箱の中身を確認する
それでは開封。
中身はこんな感じに。
エッチングパーツはデカールと同じ袋に入っていますな。
キットによっては曲がり防止のためフタの裏に貼り付いていたりもしますが、今回はわかりやすい位置に。
プラランナー。
Aランナーが2枚入りで、後はB~Dランナーが1枚ずつ。
それとクリアーパーツを収めたGランナーが一枚付属する。
クリアーパーツはライトのレンズ部分のようだね。
目立つ部分だから嬉しいところ。
その他付属物として
- デカール
- マフラー用のエッチングパーツ
- ポリキャップ×4
が含まれる。
デカールは戦車兵の装飾も収録されている。
8番と9番は、何かダメージ表現のある国籍マークになっているね。
ポーランド戦辺りまではドイツ軍のマークは白い十字でしたが、目立つため後に白縁のみになりました。
ダメージ加工のされたマークは、目立たないように応急的に削り取ったものを再現しているようですな。
紙媒体は
- 組み立て説明書
- 実車解説書兼塗装図
- Tech Tips!
の3種類。
お馴染みの構成だ。
解説書に何枚か掲載されている実車写真。
これはスペインのマドリードにある博物館の展示品のようですな。
公式HPによると、今回のキットはこの車輌を取材してモデル化したのだとか。
収録された塗装図は3種類。
- A 第4戦車師団所属車 1939年9月 ポーランド
- B 第4戦車師団所属車 1940年春 フランス
- C 所属部隊不明車輌 1941年 ロシア
となっている。
一部部品取り付けの選択があるので、どのパターンで作るか先に決めておこう。
筆者は今回Aパターンで組む予定だ。
塗装とは違うけど、付属の兵士も被りものが選択式のようだね。
初期のベレー帽スタイルと、後の標準になった舟型略帽スタイルで。
次回、製作開始!
今回はここまで。
次回から組み立て作業に入ろう。
久々の戦車キット。
タミヤ製だから、そこまで苦戦はしないはず。
見た感じ足周りがいつもよりも細分化されているようですな。
ゴムリムが別パーツのようですが……。
詳しいことは実際に組んでみて確かめよう。
続きは次回!
この記事で紹介しているキット
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