模型大隊戦闘日誌、始まるよ!
前回はタミヤの飛燕が完成しましたな。
・・・・・・厳密には昨年末には出来上がっていたようですが。
今回は飛燕に関連して、大日本帝国陸軍関連の模型を作っていこう。
敵の潜水艦を発見!
駄目だ!
今回のお題 タミヤ 九七式中戦車チハ
今回作るのはこちら。
タミヤMMシリーズより
「九七式中戦車 チハ」
だ。
年明けの散財で筆者が確保したものですな。
チハたん∩(・ω・)∩ばんじゃーい。
九七式中戦車 チハとは
前述したとおり、これは第二次世界大戦期の大日本帝国陸軍を代表する中戦車だ。
名前は
- 九七式→皇紀2597年(日本の初代天皇神武天皇の即位から2597年。西暦では1937年)に採用されたことから。
- チ→中戦車の「チ」
- ハ→いろは順。3番目に設計された中戦車なので「ハ」
から来ている。
○○式という名称はこの頃の日本軍兵器には全て当てはまりますな。
現代の自衛隊では西暦由来の名前になっていますが。
1936年ごろ、日本陸軍は歩兵を支援する目的の新型戦車を開発することになった。
このとき軍は性能に余裕のある重タイプを推す声(主に部隊側)と、数を揃えられる軽タイプを推す声(主に軍上層部側)で真っ二つに分かれた。
意見がまとまらなかったため両方とも試作することになる。
こうして前者はチハ、後者はチニとして試作された。
ここでチハの名前が出てくるんだ。
そしてチニ・・・・・・イロハニだから、4番目の設計案ということだね。
ちなみに1番目と2番目は八九式中戦車の甲型と乙型がそれぞれチイ・チロと名づけられています。
当初は単純に「イ号」と名づけられておりチハが出てきてから遡って改称されたため、現場ではあまり一般的ではない呼称だったようですが(特にチロ)
そうこうしている間に1937年(昭和12年)7月7日、盧溝橋事件が発生し支那事変が勃発、戦時体制になり予算の制約がなくなったことからチハが九七式中戦車として正式採用されることになる。
ここで正式に九七式中戦車チハとなるんだね。
最初にチハが投入された戦闘は1939年のノモンハン事件。
ここで戦闘に投入された第1戦車団の戦車第3連隊の中に4輌チハがおり、ソ連軍のBTシリーズなどを相手に戦っている。
ただし残念ながら戦車第3連隊の連隊長、吉丸大佐の搭乗するチハが撃破され連隊長自身も戦死してしまう。
あらら。
同隊に所属していた他の3輌は生き残ったようですな。
ボロ負けしたようなイメージがあるけど、近年の研究だとそうでもないといわれているね。
ディーゼルエンジンを採用していたため燃料の軽油が引火しにくく、貧弱なイメージの装甲(最大厚25mm)もこの当時ではそこまで薄いわけではなかった。
単純な損害では寧ろソ連軍側の損失のほうが多かったとか。
ただBT戦車の45mm砲の前では25mmの装甲は物足りないようですな。
幾つか不安点があったけど、その後は南方で英米連合軍相手の戦いに投入されていく。
緒戦のマレー作戦では英軍を蹴散らすものの、やがて連合軍にアメリカ製のM4中戦車シャーマンが登場。
コイツ相手には後に対戦車能力を向上させた新砲塔チハでも苦戦。
しかし後継車輌の開発も遅れ、絶望的な戦いを強いられることになる・・・・・・。
この辺りはチハの性能よりも後継車の開発にもたついていたのが・・・・・・。
余談ですが実際はチハ自体も数が揃っておらず、九五式軽戦車などが事実上の主力だったようですな。
調べたら一式中戦車とか三式中戦車とかは開発していたみたいだけど?
名前とは裏腹にそれらが量産されたのは既に戦況が悪化した1944年から。
数もそこまで多くないですし、本土決戦用に温存されたようです。
というか無理に持ち出そうとしても制海権を失っているので輸送船ごと沈められる可能性が。
大戦全期間を通して死闘を繰り広げた日本陸軍を代表する中戦車チハ。
今回はタミヤMMシリーズにラインナップされている製品で再現してみよう。
箱の中身を確認しよう
それでは箱を開けてみよう。
キットの中身はこんな感じだ。
比較的古いキットですから、説明書が和洋2種類入っていますな。
どのくらい前のキットなのかな?
本製品はMMシリーズ第75弾。
発売日は公式HPによりますと1975年12月だそうです。
今は2022年1月。
46年と1ヵ月前ということかな。
ランナーは3枚、それと車体など。
車体には穴が一切ないから、モーターライズの流用品ではなさそうだね。
車体は前期車体、砲塔は57mm砲搭載型ですな。
えっと、なんか違いがあるんだっけ。
主に車体後部の排熱口周りが異なりますな。
本キットで再現されている前期型は排熱口の蓋部分が単純な板状になっており、後期型(新車体)は蓋が湾曲した装甲で完全に覆われているのが特徴です。
筆者が以前作ったガルパンの知波単学園所属のチハ。
これが57mm砲搭載で後期型の車体となっている。
砲塔に関しては初期の短砲身57mm砲搭載型と長砲身47mm砲搭載型(新砲塔)がありますな。
今回作るのは前者です。
ポリキャップは起動輪と一部転輪に使います。
履帯はこの頃のMMシリーズらしく焼止め式のポリ履帯ですな。
付属デカール。
なんかいっぱい文字が書いてあるね。
詳しくは後述だ。
紙媒体は和洋2種類の説明書に近年お馴染みのTech Tips!
少し前の製品らしく気合の入った実車解説となっています。
塗装図はこんな感じ。
どうもチハは迷彩パターンが一定ではなく、個体差がある模様。
なので多少は好きに塗り分けてしまってもいいかもね。
迷彩色は土草色・草色・土地色の塗り分けの上から黄色の帯を描くように指示されいます。
ただ現在では前期迷彩ですと茶色・緑色・土地色の3色と黄色帯が一般的なようなので、筆者はそちらで進める予定です。
説明書ではタミヤカラーの混色指示もありますが、今回はクレオスのMr.カラーにズバリの色がありますのでそれを使う予定です。
元々は日本戦車前期/後期迷彩のセット製品だったんだけど、今は単品売りもしているっぽいね。
いい時代になったもんだねぇ。
筆者は以前セット商品で購入したものがあるので、それを使う予定ですな。
マーキングに関しては6種類。
マレー作戦時のものから本土の戦車学校のものまで様々。
収録内容は・・・・・・
- マレー進攻時の戦車第1連隊所属車
- 本土決戦準備時の戦車第1連隊第3中隊所属車
- 戦車第8連隊所属車輌
- 戦車第17連隊第5中隊所属車輌
- 戦車第34連隊第2中隊所属車輌
- 千葉陸軍戦車学校所属の車輌
・・・・・・となっているね。
一部の車輌は砲塔の部隊マークを組み合わせて更に選択できる。
マーキングだけで迷彩に関しては特に描かれていないね。
説明書の指示によると塗装パターンに決まりはなく、担当した職人にお任せしていたようです。
なので多少は好きに塗ってしまって構わないかと。
次回、製作開始!
今回はここまで。
次回から組み立てを始めよう。
パーツも少ないし、早く完成できるかな。
これも実は一度筆者は作ったことがあるようですし、おそらくそこまで苦戦はしないでしょう。
塗り分けがはっきりした迷彩をどう仕上げるかがミソになりそうだね。
お楽しみに~。
この記事で紹介しているキット
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