模型大隊戦闘日誌、始まるよ!
前回は鉾田飛行学校の九九式襲撃機が無事完成しましたな。
今回は……。
あのキットは2機セットだった。
なので片割れのもう1機を組んでいこう。
今回はコンボキットではないので、別の機体となりますな。
2機セット、2010年代は頻繁に発売されていたよね。
最近はあんまり見かけないというか。
今回のお題 ハセガワ 九九式双発軽爆撃機II型(鉾田飛行学校)
今回作るのはこちら。
ハセガワより九九式襲撃機&九九式双発軽爆撃機(鉾田飛行学校)
これの九九式双発軽爆撃機II型の方となる。
箱の下側に描かれたものだ。
キットには明記されていませんが、九九式双軽のなかでもII型のようですな。
襲撃機は今までに何度も作ったけど、今回の双軽は初めてのようだね。
九九式双発軽爆撃機とは?
この機体は日本の川崎航空機が開発、大日本帝国陸軍が運用した双発の軽爆撃機だ。
陸軍のキ番号はキ48。
連合軍によるコードネームはリリー(LILY)
日本兵からは九九式双軽、金魚などと呼ばれていたようだ。
なんか可愛いコードネーム。
リリーは百合の花ですが、一般的な女性名でもありますな。
日本機につけられたコードネームは基本的に戦闘機が男性名、それ以外は女性名が多いです。
当時日本陸軍が仮想敵国としていた、ソ連軍のSB-2爆撃機。
1937年、日本陸軍はこれに対抗できる爆撃機の試作を川崎に命じた。
1939年に試作機が初飛行。
これが翌年採用されて「九九式双軽爆撃機」を名乗るようになる。
トントン拍子に。
というか1939年の翌年採用ってことな、1940年採用だよね。
こっちも九九式襲撃機同様、まだ皇紀2600年の名前が決まっていなかったってやつかな?
設計がかなり優秀だったようで、本機の設計を同時期に開発して失敗したキ45に流用。
キ45改となり、これが二式複座戦闘機「屠龍」として採用されます。
そういえば屠龍も川崎の飛行機だったね。
設計担当も同じ土井武夫技師だ。
九九式双軽は爆弾搭載量や航続距離よりも速度や運動性を重視して設計されていた。
例によって大戦後期になると旧式化するんだけど、その穴埋めも二式複戦屠龍が担当するようになる。
登場当初は高い稼働率や優れた運動性で前線からは好評だったようですな。
今回作るのはII型。
まず最初の量産期として、ハ25エンジンを搭載したI型が登場。
1942年~43年頃にハ115エンジンに換装したII型が現れる。
II型はいくつか種類があるようで、最初のII型はII型甲と呼ばれる。
続いて主翼下にエアブレーキを装備し、急降下爆撃が可能になったタイプも登場。
こちらはII型乙と呼ばれる。
見た感じ、今回のキットはエアブレーキがないから乙型ではないみたいだね。
どうも過去には今回のキットと同じハセガワから、乙型のキットも発売されていたようですな。
エアブレーキが金属パーツだったようです。
双発機ながら軽快な運動性で活躍した九九式双発軽爆撃機。
似た名前の九九式襲撃機とのセット商品のものを作ってみよう。
箱の中身を確認する
箱の中身を改めて確認。
左側は前回組み立てた九九式襲撃機用のパーツと説明書。
今回は右側にあるパーツと説明書になる。
襲撃機に関しては以前の記事を参考にしていただければ幸いです。
双軽のパーツはこんな感じ。
一見ランナーが多いように見えるけど、パーツ数はそこまで多くない。
以前の襲撃機同様こちらもハセガワの純正品ではなく、かつて存在したマニアホビーの金型を使用した製品のようですな。
こちらも70年代のキットにしては充実した内装と凹のモールドが特徴的です。
デカールは以前も説明したとおり、襲撃機と同じシートに印刷されている。
双軽用のは下側に印刷されているものだ。
国籍マークに帯類、それと鉾田飛行学校のマークがあるぐらいかな?
計器は1枚だけみたい。
収録された塗装は2種類。
いずれも商品名通り、鉾田飛行学校所属の機体となる。
灰緑色の単色塗装か、上から濃緑色の迷彩を施されたものかの選択式だ。
濃緑色は指定では川崎系の色となっている。
今回は襲撃機に合わせ、単色塗装で進める予定です。
迷彩も捨てがたいところですが……。
迷彩に関してはある案がある。
それについては後日伝えることになるだろう。
次回、製作開始!
今回はここまで。
次回から製作開始となる。
九九式襲撃機は何度も組んでいたからサクッといけたけど、今回は初めてみたいだね。
ちょっと時間がかかりそうな。
構造的にも風防が多いですからね。
マスキングに時間がかかりそうですな。
それとこのキット、どうやらI型を基本にしているらしく……
一部加工を施す必要がある。
この辺りは次回以降詳しく見ていこう。
続きは次回!
この記事で紹介しているキット