模型大体戦闘日誌、始まるよ!
前回はハセガワの九七式司令部偵察機I型が完成しました。
今回も引き続き航空機の製作みたいですが……。
うむ。
筆者の在庫にあった日本陸軍機を作っていこう。
再び陸軍機ですな。
たくさんありますがどれが出てくるのか……。
しばらく海軍さんはお休みかな?
今回のお題 ハセガワ 九九式襲撃機/軍偵察機
今回作るのはこちら。
ハセガワより
九九式襲撃機/軍偵察機だ。
前回、前々回のキットに引き続き2機セットだね。
今回作るキットの商品名は「九九式襲撃機/軍偵察機コンボ Part2」
Part2と名前が入っていますが、もちろんPart1も発売されています。
デカールの印字によるとPart1は2010年ごろの発売。
Part2は2012年ごろの発売のようですな。
もう10年以上も前の発売なんだ。
九九式襲撃機/軍偵察機とは?
この航空機は第二次世界大戦期に三菱が開発、大日本帝国陸軍が使用した機体だ。
陸軍の機体番号はキ51。
連合軍によるコードネームはソニア(SONIA)
襲撃機……
見慣れないカテゴリだね。
襲撃機はもともと日本陸軍が仮想敵国としていたソ連軍で定められていたカテゴリですな。
低空を飛行し、敵の陸戦戦力に対する攻撃を主な用途としています。
日本軍には「軽爆撃機」ってカテゴリがあるけど、そっちとは何か違うのかな?
襲撃機は特に低空で地上部隊への攻撃を行うため
- 軽爆撃機よりも急降下爆撃を楽にこなせること
- 低空での運動性
- 敵地上部隊からの攻撃に耐えうる防御力
などをより重視した設計ですな。
1937年(昭和12年)ごろ、陸軍は三菱重工業へキ51の開発を命じた。
当初は襲撃機と軍偵察機はバラバラの計画だったようだけど、後に同一機種で開発が進んでいく。
資料によってどっちがベースだったかはばらつきがあるように見えるけど、キットの取り扱い説明書では
「当初は襲撃機、後に軍偵察機としても使えるように設計を改めた」
といったような内容が記載されている。
どちらかといえば襲撃機が先という話のほうが多いかな?
軍偵察機は襲撃機の装備を一部変更したのが特徴。
機体下部と両側面に偵察窓を設けているのが外見上の特徴だ。
場合によっては爆装して地上攻撃任務にも就けるようになっていた。
元の機体と同じようにってことだね。
試作機に改良を施し、1940年(皇紀2600年)5月ごろに正式採用。
ただこの年の命名法則が当時定まっていなかった。
なのでやむを得ず前年の「九九」式襲撃機/軍偵察機と名づけられることに。
もう少しタイミングが遅かったら百式襲撃機/軍偵察機になっていたのかな。
実戦でも優れた低空性能で地上攻撃に活躍。
場合によっては優れた運動性能で戦闘機相手に空戦を繰り広げた機体もあったという。
例によって大戦後期は旧式化、特攻機として用いられることにもなったけどね。
ここは日本軍機お約束パターン。
地上攻撃や偵察で影ながら日本陸軍を支えた九九式襲撃機/軍偵察機。
ハセガワ社の2機セットキットでその両方を再現してみよう。
箱の中身を確認してみよう
それでは箱を開けてみよう。
中身はこんな感じ。
- 説明書
- デカールシート
- パーツ入りの袋×2
ですな。
袋の中身はこんな感じ。
- プラランナー×3
- クリアーランナー×1
コンボキットなので同一のものが2セット付属する。
左下の細かいコクピットのパーツ類に「99シュウゲキ」のランナータグ。
これはもしや……。
前回の九七司偵や九七艦攻同様、この九九式襲撃機も旧マニアホビー製品。
あれらと同じく、70年代発売の製品のようだ。
デカールシートはこんな感じに。
塗装ごとに分かれて印刷されていますな。
収録されている塗装は3種類。
- 襲撃機 飛行第67戦隊所属機 八戸飛行場 1943年
- 軍偵察機 独立飛行第52中隊所属機「27」 フィリピン 1944年11月
- 襲撃機 鉾田飛行学校所属機 1942年
偵察窓や爆弾懸架装置など装備がそれぞれ異なるので、どれで作るか先に決めておこう。
今回は1番と2番で作ってみる予定です。
1番は襲撃機ですが、胴体側面に細い窓が残っているのが特徴的ですな。
次回に続く……
今回はここで終了。
次回から作業に入っていく。
今回のキットは難しいのか簡単なのか……。
筆者は過去に1度完成させているようですな。
先ほど箱をお見せしたコンボキットPart1の2機のうち、襲撃機として片方だけが完成しているようです。
もう1機は?
軍偵察機として作ろうとしたところ、穴あけやパテ埋めで力尽きてしまい放置モードに。
あらら。
とりあえず、コンボキットPart2を作ってどのような内容のものなのかを最初から紹介していこう。
パーツ自体はどちらも同じだ。
続きは次回!
この記事で紹介しているキット